メッセージ

私は、夢を掴みに行く

ヒーラー業界の冒険者 栄心です。

 

また、人生が大きく展開しているのを感じています。

地響きが聞こえて来そうなぐらい、目まぐるしいです。

 

 

不思議と不安は無く、これから起こることにワクワクしています。

 

明日のセッションも楽しみ!!

 

本当に、私のスイッチが入ったのを嗅ぎつける感覚の鋭いクライアントさんが怖い(笑)

でも、今、ご縁を頂いている方は、一緒に羽ばたく仲間なんだな。。。と嬉しいです。

 

 

 

 これからの人生も祈りながら、歩いていきます。

 

遊びと仕事の区別が、益々、付かなくなって行くみたいです。

 

昔は、出来なかった事が、出来る様になっていて

成長を感じて嬉しいです。

 

そして、10年、ひと昔と言いますが

本当に、変わった事があります。

 

ヒーリングも、スピリチュアルも、世に広まりましたね。

そして、ビジネスで活躍される方も、多く、取り入れて

柔軟な頭と心の方が、成功されています。

 

 

 

 私も、自分の世界をもっと、もっと、広げていきます。

何処にいても、何をしても、私の仕事は、人の心を癒す事。

 

全力で、取り組むことに変わりは、ありません。

 

ぶれ用の無い芯というか、私が、居ます。

 

両手から、光が、溢れている様です。

明日は、個人セッション、とっても楽しみです。

 

今日も読んでくださって、有り難うございました。

 

メッセージ

Sさんへ

栄心です。

 

ブログを更新していなくて御免なさい。

 

私も、ふっと思い出していました。

 

相変わらず、私は自分の道を歩いています。

 

最近、ふっと、一山超えられた様です。

 

長いお付き合いの貴女には、私の悲しみも、葛藤も

他の方よりも、よく見えたのでは無いでしょうか?

 

鞍馬03061

 

「どうしようも無い事」を「どうにか出来る力」が欲しくて

私は、この道を歩んで来ました。

 

沢山の挑戦をし、沢山の敗北と失敗と傷を受けて

倒れた事もありました。

 

表向き、そう言った事は、ひた隠しにして

歩んだ道したが、皆、本当は、お見通しだっただろうと思います。

 

自分の傷を辿る様に歩んだ道でした。

 

こんな事をして何になるんだろう。

と思うぐらい、昔の傷を掘り起こし、癒しながら

一生懸命、母を救う道を探して、結局、辿り着いたのは、

あの母の人生の中にあった、母の幸せでした。

 

母

 

私が、望んだお母さんの幸せな人生とは、かけ離れた現実の中に

確かに、お母さんの幸せがあって、その真ん中には、私たちきょうだいが居ました。

 

それに気がついて、茫然とし、私が産まれてきた事は、間違いなんかでは

無かったんだと思えました。

 

お母さんは、そのまま、旅立ちました。

 

私が望んだ様に、回復する事も無く、

家に戻る事も無く、

手厚い看護を受ける事も無く

病院で亡くなりました。

 

私は、結局、何も出来ませんでした。

 

でも、母の人生の中に、幸せがあった。

確かに、間違い無く、幸せがあった。

 

滝

 

その事を知って居たから、私は、胸を張って

見送る事が出来ました。

 

その後、茫然としてしまいましたが、、、仕方ありません。

 

うなだれて居ましたが、ご縁を頂き

仕事をさせて貰う事は、想像以上に、私を勇気づけました。

 

無駄では無い。

私が、体験した事、乗り越えた事、傷ついた事、癒した事

その全てが、あるからこそ、出来る仕事がある。

 

私は、また、新しい挑戦を始めることになりました。

 

星を育てる。

 

時代が、一気に、暗くなってしまった様に感じています。

だから、私は、この世界を朗らかに、照らす事が出来る

「星」をまた育てることにしました。

 

 弟子

 

かつて、私と一緒に歩んだ二人は、今、輝いてくれています。

 

これから、ご縁のある方の中の才能を磨き

光り輝く星として、花開く事を祈って、仕事をしていきます。

 

磨いた技、蓄えた力を、思う存分発揮するには、

それしか無いと思うのです。

 

また、お会い出来る事、楽しみにしています。

 

栄心

 

メッセージ

お盆を終えて・・・

 

今年も、師僧のお寺の施餓鬼供養のお手伝いに行かせて頂きました。

3年目になります。

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浄土宗で、施餓鬼会とは、

生前の強欲や嫉妬などの行いの報いとして、飲食(いんしょく)のままならない、

常に餓えに苦しむ世界に堕(お)ちた衆生に飲食(おんじき)を施して救い、

その功徳(くどく)を先祖供養のために振り向ける法要の事

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1年目に伺った時は、お寺に泊まり込むのも、珍しく、何をして良いのやら、、、

兄弟子と二人、キョロキョロ、ドキドキ、緊張感のある時間でした。

 

夕方になると、お堂の周りに、何やら得体の知れないモノ達が集まって

来るのを感じて、兄弟子と二人、

「もう朝まで外に出ないことにしましょう!!」

と鍵をかける。

ピンポンとチャイムが鳴るので、外に出るが、誰も居ない。

 

師匠に話すと、「お寺の日常は、そんなモノ」と笑われました。

最初は、怖かったです。

 

今でも、一人だったら、夜は、怖いかも・・・

 

 

 

施餓鬼供養は、お坊さんが、お経を唱えたご飯を餓鬼に施す作法なのですが

本当に、沢山の得体の知れない何かが、喜び、受け取って居ました。

 

本当に、最初の年は、慈悲の光の眩しさに驚きました。

そして、阿弥陀様の慈悲の光に感動し、泣きじゃくっておりました。

 

基本、感動して泣いてる。

それが、私の学びの道ですね。

 

 

阿弥陀様のご飯を作らせて貰える事も、また、喜ばしく

兄弟子も、とても料理が上手な人なので、私たちは、毎年、張り切って料理。

 

因みに、この御膳、下げてきたものを味見すると、、、

なんとも言えず、味が変わっているのです。

 

精気が無くなったと言うか、、、なんと言うか、

これは、兄弟子含め、数人で確認したのですが、確かに変わる。

不思議な事も体験させて頂きました。

 

 

今年は、母の初盆だったので、回向をお願いしていました。

 

お経が始まると、精妙なエネルギーに包まれ、お経の通りに

仏様が、降りて来られます。

 

あまりの有り難さに、感動し、涙が溢れます。

そして、今年は、母を想って、涙しておりました。

 

もう、お母さんは、安らかで、幸せなんだな。

もう二度と、病に苦しむ事も無く、不安も無く、穏やかなんだ。

 

そして、こうして、供養する事が出来て、幸せで有難い。

 

 

施餓鬼供養は、本当に有難い御供養でした。

 

いつも、母を想って、お経を唱えていますが、

こういう法要の時は、はっきりと母と仏様を感じる事が出来て

幸せな時間です。

 

子供の頃は、お経を唱える事が、嫌になってしまう事も多々あったり

葛藤があったりもしましたが、今となっては、全てが有難いことです。

 

自宅でも、影膳を作ってお供えしたり、、、

ささやかですが、お母さんとご先祖様をお迎えしました。

 

そして、8月16日、送り火・・・・

今年、京都の送り火は、規模が縮小されていました。

 

実は、京都市内から、送り火は、ちょっと道に出たら見えるモノ。

 

見えない事がなかったので、ウロウロ、見える場所を探す。

 

「見えませんねえ・・・まだでしょうか?」

「もうちょっと、待ってみましょう。」

 

「母の初盆なんです。」

「うちは、主人の初盆なんです。」

 

道端で、なんとなく、話をしていたら

 

「ここの道を川まで降りて、右側で、少し見えますよ」

 

って教えてくださる方がおられて、、、やっと見えました。

 

小さい灯りでしたが、手を合わせて、見送る事が出来ました。

 

 

ほんの数分の出来事でしたが、

あの場に居合わせた方のお気持ちや、お心遣いに、胸が熱くなりました。

 

人が死んでいく。

 

当たり前の事で、そして、皆、色んな想いを抱えて暮らしている。

 

私のお盆は、穏やかな有難い毎日でございました。

 

 

 

お供えの入っていた箱に猫達が、、、、

私のかけがえの無い日常でございます。