栄心の宗教問題 その1 その罰、全部持って来い!!

私が、産まれた家は、宗教をしていました。
熱心で、熱心で、母は、発狂しても、ずっと、拝んでました。

お母さん、「信心熱心、信心強情」とにかく、拝むんです。

地区の集会にも、しょっちゅう、行ってました。
母の人間関係は、宗教の繋がりだけだったんじゃないかな、、、

産まれた時から、聞かされる有り難いお話。

功徳の話、罰の話

拝まなあかん。
何でもかなえてくれる有り難い仏さんやで、、
その替わり、悪い事したら罰も当たるんやで。

困った事在ったら、
すぐ、拝む。
朝起きて、拝む。
夕方、拝む。

とにかくね、、、細胞にしみ込む様に、拝むし、拝まれました。

「子供が、元気になります様に、、、」
って、ずーっと拝んでました。

その宗教が、私のDNAにしみ込んでた。

本当に、お母さんのお腹に居た時から、拝まれてたし
産まれてくる時も、難産で、お母さんは、お経を唱えていたらしい。

クリスマスは、邪宗のお祭り、、
お正月の寺社へのお参りは、罰当たるから絶対禁止。

それが、「普通」って思ってました。

自分とこの宗教以外を、邪宗(じゃしゅう)って呼ぶんです

邪宗、よこしまな宗教。。。
怖い呼び方、、、、

宗教を捨てる事が、
この世で一番怖い事、
一番駄目な事
親不孝な事、
地獄に落ちる事。

そう教えられて来ました。

でも、私、辞めたんです。

色んな事があって、絶えられなくなったんです。
(生き延びた日々の殺意シリーズを読んで下され、、、)

拝んでも、拝んでも、お母さんは元気にならなかった。
拝まんでも、元気に幸せに暮らしてる人は居る。

色んな葛藤と、恐怖、家族との軋轢を乗り越えて
朝晩の読経を辞めました。

集会にも、行ってない。

今、私は、フラットな状態です。
幸せだー!!

クライアントさんとお話してて、

何がしんどいのか、解らない。。。。
私は、普通に育ちました。
大事にして貰いました。
でも、私は、贅沢で、駄目な人間なんです。


っていう方、、、、
お家が熱心な新興宗教やってる所多いんですよね。。。。
(全部が、全部、勿論そうじゃないけどね。)

家族皆が、熱心な信者なのに、、、
自分は、そうなれない。

信じれない自分がしんどかったり
拝む事が嫌になったり、、、、

でも、そこ事を誰にも言えない。

そんなあなたの、その感覚、別に、変じゃないよ。

あなたには、自分の気持ちが在る。
それだけです。

大好きなお父さん、お母さんと「同じ真剣さ」で拝めない自分を
責めなくて良いよ。

クリスマスしたい。
神社行きたい。
御寺行って、皆みたいに、絵馬書きたい。

って思って良いんだよ。

拝みたく無い、信じられない。
って思っても大丈夫。

本当の大きな存在は、罰なんて、当てたりしない。

もし、心配やったら、その罰持っといで。
貰ったげる。
あなたの替わりに、その罰貰ったげる。

そのもの凄い「恐怖」や、「不安」を全部、持っといで、、、

もう充分、苦しんだ。
もう、充分、自分を責めた。

助けてくれなかった神様、仏様に対する恨みつらみも、
私に全部言ったら良い。

口にすることさえ出来ない
仏様を裏切った自分の罪。

ずっと、罰当たるんじゃないか、、、
地獄に行くんじゃないか、、、、って思ってる不安。

全部、私で良かったら話して下さい。

神や仏に背いた自分で生きるのは、しんどいし、怖いよね。
夏

我が家で言う、邪宗の宗教儀式を行ってる私。
親が見たら、泣くかな???

それは、解んない。
でも、おかん泣いても、私は、平気。

私のお母さんは、私に幸せになって欲しかっただけ!!
その為に、あれだけ、熱心に拝んでくれた『だけ』だから、、、

今、めっちゃ幸せやし、、、
お母さんの、私を願う気持ちが、それこそ、仏様にとどいたんちゃうやろか?
って思います。

私は、あの宗教で決められた様に、拝んでない。
邪宗の神様も仏様も拝みまくってます。

でも、私は、幸せだし、、、罰も当たってないです。

私は、今の自分の神様、仏様の距離感や付き合い方がとても好きです。

28日は、護摩業に参加し、素晴らしいエネルギーに感涙したり、、
寺社仏閣に、参拝して、色んなお願い事させて貰う。
外国に行けば、外国の神様、仏様に、色んな事を願う私が居る。

無節操な私が、とっても良い感じ♡

何処の神様も、仏様も大好きだ!!
私は、神仏が大好き♡
日本の神様が大好き♡

子供の頃の私が、見たら、唖然とすると思う。
「罰当たるで!!あかんで!!」
って泣くと思う。

でも、私は、心から伝えたい。

拝まないからって、
信じないからって
罰を与える神様や、仏様は、居ないよ。
大丈夫だよ。
人は、大きな存在に見守られて生きてるんだよ。
有り難いね♡


って、伝えます。
 
神仏を
信じても、信じなくても良いんじゃないかな。。。
自分には、選ぶ事が出来る。
罰は、当たらない。

それだけが、伝えたくて、こんなに長くなっちゃった。
読んで下さって、有り難う御座います。

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殺意4

私がずっと、殺したかったのは父でした。
でも、そんな願いは、口にする事も出来ず、、、

淡々と心の奥底で、持ち続けていた様です。

心の勉強を続けて、プロになり、クライアントさんも来て下さる様になった。
そんな時に、セラピーの師匠、畦先生に、あばかれてしまった父への「恨み」

私は、父からの影響を受けていないと思っていました。

でも、実際には、あんな男の影響を自分が受けたく無い。
あんな人間のカスから、自分が影響を受けてたまるか!

そう強く、強く、願っていただけでした。

小学校の頃には、もう、家に来なくなっていた

「パパ」

成金の社長さんで、彼には、家族が居ました。
運転手付きの、大きな外車で、やってくるおじさん。
本当に、絵に描いた様なお金持ちのおじさん。

自分の会社を大きくする為に
自分の会社を継がせる為に
賢い女に、男の子を産ませて
一番、優秀な子に、自分の会社を継がせたかった人

結婚を私が知ってるだけで、4回してるバカ
女癖の悪い最低の男

全てが嫌でした。
自分のDNAの全てを書き換えたかったです。

母は、元気な時、父の悪口を言った事がありません。
養育費も貰わず
その後、恋人を作る事もせず
女手ひとつで育ててくれた。

父は、きっと、母の事も、私の事も
忘れてしまったんだろうと思います。

私は、自分の血が憎かった。
私は、母だけの子供で居たかった。

人は、お父さんとお母さん、二人の存在から
産まれる。

その事を否定したかった。

父の事は、知らない、解らない事が多すぎて
存在が大きい様な、無い様な、不思議な存在として
子供の頃から抱えてきた。

複雑な感情。

圧倒的に良い存在の様に捉えていた時期も
長かったです。

何故なら、母が、父を憎んでいないから、、、
多分、愛してるから
元気な母が、父の悪口を言った事が無かったからです。

私が、数年前に
「お母さんは、男運悪かったね。」
って言ったら

「あれは、あれで良かった。」

母は、静かにそう言いました。
私は、もう、愕然として、心が張り裂けそうになりました。

あれは、あれで良かった?!

何処が?
何が?
なんで?

捨てていった男、
充分な財力が在りながら
私たちをほったらかしにした男を
どうして、そんな風に思えるの?

結婚し、家庭を手にした私は、母の一言が許せなかった。

「お母さんは、決して幸せじゃないし、
あれは、愛じゃない。
お母さんも、お金の為っていってたやん!
あれで、良かったなんて事は無い。
お父さんが、もっと、護ってくれてたら、お母さんは、狂わなかった。」

母に逢いに行った帰りは
涙が止まらない事がほとんどでした。

お母さんは、あいつの事を愛してる。
世界で一番気持ち悪い女が、母。

父をテーマにしたセッションは、自分の全てが壊されていく様な恐怖体験。

お前だけは、絶対に許さない。
お前の血をこの世に残してやらない。
お前の一族を呪い殺してやる。

私の全てをかけて、
絶対に、絶対に、絶対に
お前の一族を根絶やしにしてやる。


そう、絶叫する自分が居ました。

セッション中、もっと、気持ち悪い事もさせられました。

父との和解・・・

圧倒的な、畦先生のリードのもと、逃げ切れなかった私。
kiyoharu6

そして、セッション後、不思議な事に、、、
姉や兄から、父と母の事、聞かされました。

私たち、きょうだいが、私の父の事を話す事は、まず、無いのです。
(私だけ、異父きょうだいです。)

父が援助しようとした事。
母を大事にしようとしてた事。
そして、大事にされていた事。

それも、ショックでした。
母に裏切られた気持ちで一杯でした。

絶対的、「悪」として
極悪非道な人間として、君臨して欲しかった。
一生、軽蔑し、憎み続けて居たかった。

いつか、お前を見返してやる。

その強い気持ちが、私を支えてきました。

母を完璧な素晴らしい「被害者」として大事に飾っておきたかった。

あんな阿呆な女ったらしに、惚れた女だと思いたく無かった。

自分が信じた

「産まれてきた事が間違い」
「私が産まれたせいで、お母さんが狂ってしまった」

という物語を持っておきたかったです。

だって、それが「私」だったから、、、
それが、私のアイデンティティーだった。

それしか無かった。

今更、

「愛されて産まれて来たかもしれない私」

とか

「結構、良い人だったかもしれない父」

とか
ややこしい。

混乱、混乱、混乱。

何年も、セッションの効果続いています。

人生を変えてしまうセッションが在るんだと教えて貰った体験です。

「愛」と「産まれてきた祝福」を受け取る事が
吐き気と深い苦悩を伴うなんて、思っても見ませんでした。

でも、本当に受けて良かった。

本当の事は、父と母しか知らないし、解らない。

それでも、今、私は、もう、自分の血を恨んだり
父を捜し出して、刺し殺したりする妄想をする事が無くなった。

「恨み」を手放せた。
握りしめた拳を、やっと開く事が出来た。

自分の一歩を踏み出せました。

恨みのエネルギーは、強烈で、自分の生きる力を消耗してた事に
今、気付いています。

だって、今、楽だもん♡

開いたこの手で、私は、愛を受け取りました。
そして、この手で、沢山の人と繋がっている感覚が在ります。

深い、深い憎しみを手放すと、人生が変わる。
貴重な体験を導いて下さった畦先生に深い感謝を捧げています。

今日は、先生の出版記念パーティー♡
楽しみ♡


*******************************

私のセラピーの先生、畦昌彦先生は、本を出版されました。
 
商品の詳細
畦 昌彦

読むべし!!

**************************

6月27日 お金の講座(会費¥20,000)
残席、1名様です。

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栄心、肛門科に行く

それは、突然だった。

トイレでの異変

これは、もしかして、血?!

もしかして「痔」?!

20代の乙女の目の前が真っ暗になった。

私の友達には、痔郎(じろう)さんが結構居て
「痔」の苦しみを淡々と聞かされていた。

そして、彼らは、「痔」仲間の事を、「ぢろうさん」と親しみを込めて呼びあっていた。

彼らは、恥ずかしくて病院に行けなかった。
痛くても我慢した。

その結果、治療は、長期間にわたり、しかも激痛を伴った。

痔の治療の為に、大学を休んでしまい
単位を落としてしまった痔郎さん。

イケメンで、モテモテの彼にとってはトラウマ体験である。

若くて美人のお姉さんに、押さえつけられたこと。

不覚にも、泣いてしまった事

椅子に座れなくて、立ったままご飯を食べた日々。

円座の有り難さ。

痔郎さんは、お酒の席で、涙ながらに聞かせてくれていた。

そして、まだまだ、若く、子供だった私は、
その話の全てが気の毒で、痛そうで、
ただ恐ろしく、
「痔」だけには、なりたくない。

「痔だけには、なりたく無い!!」

強く、強く、願っていました。

まさか、私が、、、、
神様、どうして、、、
何がいけなかったの?!
神様、助けて、、、

トイレで一人、神との対話さえ始まる程に、私はうろたえた。

でも、いくら神を呼んでも、結果は同じ。

私は、悩みに悩んで
近所で評判の肛門科の門を叩いた。

シックで奇麗な病院。

恥ずかしくて、誰の顔も見れない私は、スリッパだけを見つめていた。

「下着を脱いで御待ち下さい。」

頭を鈍器で殴られた様な気持ちで
下着を脱いだ。

「こちらで、横になって、下さい」

もう、逆らえない。
横になった私。。。

覚えていないぐらいのショックな時間が過ぎた。

そして、なんと、バッチリ写真まで取られた。

ああ、もう、嫁には行けない。。。

しかも担当医は、男性、、、おじさんだった。

私は、涙目でうつむき、スリッパだけを見つめながら
質問に応えていた。

「先生、私の何がいけなかったんでしょうか、、、」

これ以上無いぐらい気まずい空気を読んだお医者さんが


あのね、
「痔」というものは、四本足だった人間の祖先が
二本足歩行を始めた結果、誰にでも、起こりうる事なんだよ。
恥ずかしい事でも何でも無いんだよ。

とか、優しく色んな話をしてくれたが、その全ての時間が
私には、屈辱の歴史となった。

さらに、さっき撮った写真の解説を始めた。

「ここの部分がですね、、、、」

ギャー!!お前を今すぐ、殺してやる!!
見たく無かった。。。。(涙)

結局、たいした「痔」でもなく
塗り薬と飲み薬が処方されただけで済んだ。

待合室で、座りながら
色んな人が私を優しい目で見守ってくれていた事に
気付いた。

「あなたは、勇気のある女性よ。」

「大丈夫、僕も見られたんだよ。」

「こんなことは、たいしたことじゃないわ」

待合室での無言の視線のやりとりは、沢山のメッセージを私に伝えてくれた。

奇麗なお姉さんの「深いうなずき」には、涙を押さえる事が出来なかった。

ここに居る全員が、「痔なんだ!!」(愛)

「仲間が居る!!」

「みんな脱いだのね♡」

「みんな、撮られたのね♡」

「みんな見たんだ!!」

「ひとりじゃない!!」

その安心感が、何より、私を優しく包んでくれました。

待合室を包む暖かい空気、
そして、入って来る人の得体の知れない緊張感と悲しみ、怒り、憤り。

病院の扉が開いた。

顔面蒼白で、うつむく学生服のお兄さん。

私もお兄さんを暖かく迎え入れた。

そして、心の中で、そっと

「大丈夫よ。」

とつぶやいていました。


サイ

*******************************

フッと思い出した、20年前ぐらいの思い出なんですが、
なんか、グループカウンセリングの開場と
肛門科の待合室は似てる(笑)

一番人生で言いたく無い事。

見せたく無い事。

それを受け取りに行く。

優しい先輩が居て、仲間が居て
暖かく見守ってくれる。

なんか、そっくり♡

何事も恐れずに、勇気を持って
診察を受ける事が大事。

あなたが、抱えている誰にも言えない悩みも
まず、話す事からです。

具体的に、何がどうなっているのか?
お尻の穴を写真に撮る。

そして、解説!!

初めての、個人セッションは、それぐらいの衝撃が走りますが
大丈夫です。

あなたは、一人では在りません。

この恥ずかしくも、有り難い時間を
私は誰よりも多く受けたい、そして、提供させて頂きたいと
願っています。

今日も読んで下さって有り難う御座います。

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私の最大の欠点

私の最大の欠点

それは、いとも容易く

「死んだら良いのに、、、」

って思っちゃう事。

最近、ムカつく事がほとんど無くなったのですが
数年前まで、気さくな感じで、

「お前なんて、死んだら良いのに、、、」
って、条件反射で思ってる私が居ました。

これは、私の悪い癖
(今は、意識して、止められる様になりました。ビバ修行!!)

家族と書いて、
悪魔と読む。

私にとって、家族は、重荷でしか無くて
逃げても、逃げても追いかけてくる
家族の厄介事に関わり続けて、何十年。

お金が無い10代に、親の借金を払ったり
謝ったり、救急車呼んだりしていた私にとって
その環境が終わる=『お母さんが死ぬ時』でした。

一番、言ってはいけない言葉。
一番、悲しい事
人として、一番、望んではいけない事

それは、人の「死」では無いでしょうか

大事な人に向かって
「お前なんて、死んでしまえ!!」
と言ってしまった瞬間。

言ってる方も、実は、相当傷ついてるし
言われた方も、相当傷つく。

大事な人を大事に出来ない。
悲しみと怒りと不甲斐なさに、うちひしがれる瞬間。

愛が、空回りして、こんがらがってる状態

本当は、誰も悪く無い。

追い詰める方も、追い詰められた方も
どちらにも、言い分が在る。

三十路を超え、沢山、死に損なった母の話を家族でしました。

「お母さん、もう、早よ、死なはったらええのにな」

「せやな、もう、早よ、死なはったらええな。」

「もう、充分やな」

「せやな、もう、死なはってもええ頃やな」

「もう、ええな。」

穏やかに、その会話をしみじみとしてしまった時
悲しみの中に、何か、穏やかな気持ちが沸き上がってきました。

お互いに、そんな事を思う自分を、
「恐ろしい子供だ」
「不遜な子供だ」
「親をなんだと思ってるんだ」
と自分を責め続けた私が、それでも、言ってしまった

「もう、死なはったらええのにな。」

って言葉は、もう、許されてる気がしました。

もう、充分、みんな傷ついた。
お母さんも、私も、きょうだいも
もう、充分、傷ついた。

どうしようも無い所を歩き続けた。
もう、これ以上、何も出来ない。

介護に疲れてる方
私の様に、家族が病気で振り回されてる方

泣きながら、笑いながら

「もう、死なはったらええのにな、、、」
「ほんまやな、ほんだら、楽なるな。」

って言いながら続けるセッションも在ります。

誰にも、言えない気持ち。
自分でも、認めたく無い願い。

「早く死んで欲しい。」

そう、思ってしまう、あなたは悪く無い。

そんな風に思ってしまう自分を責めないで下さい。

心とお金と、時間に余裕があって
そんな事思う人、ほとんど居ない。

ギリギリの生活で、自分の人生いきながら
家族を支えるのは、しんどい。

思いたくて、あなたがそんな事、思ってるんじゃない。

なんとかしたくて
助けたくて
色んな事やって
それでも、どうしようもなくて
どうしたら良いのか、途方にくれて
追い詰められて

言ってしまった一言が
「お前なんて、死んでしまえ、、」

なんです。

綺麗ごとは、嫌いです。
軽蔑されても別に構いません。

面白半分にそんな事、思ってしまう人は居ない。

思わずにはいられない苦悩が、そこには在るのです。

私は、これからも
一杯、いっぱいで、苦しんでる人に出逢ったら

「早よ、死なはったらええのにな、、

 かなんな。
 
 大変やな、

 面倒臭いな。

 しんどかったな。」

って多分言います。

びっくりされますが、
その直後に、色んな感情が沸き上がります。

一瞬でも、泣けたら楽になります。
ちょっとの時間でも、

「死んでしまえ、、、」
って言えたら、
また、笑顔で家族と向き合う勇気が湧いて出ます。

そのうち

「栄心、そんなん言うたら、あかんやん。
あんた、ヒーラーやろ?!」

って、私を諭したりする元気も出る様です。

あかんことやけど、、、
たまには、そんな事言う日も在ります。

生きてる時間を楽しんで、
皆が過ごせます様に。

みんなが、命を全う出来ます様に。
心から、今、願う事が出来る様になりました。

私は、綺麗ごとでは、済ませられなかった日々が在ります。

それでも、幸せになりました。

あなたも、自分の幸せを諦めないで下さい。
大丈夫です。

kiyoharu6
 
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殺意 2

「大学行ったら、なんとかなる」

その言葉を信じて進学しました。

恩師、友達との出逢い。

両親が居ても、大変な事は在る。
そして、苦しい思いをしているのは、私一人じゃない。

母が生きた日本の事、歴史、家族社会学。

私は、「自分史」を書く事を通じて、客観的に自分の人生を振り返る事が出来ました。


卒業する頃には、憎み続けた母をもう一度
「お母さん」
と呼べる様になっていました。

人は、人に深く傷つくけれど
人の中で、癒されもする。


そして、自分に出来る限り、親孝行しました。

おこずかいを節約して、プレゼントをあげたり、、、

家事をしたり、

大事にしました。


ある日、母は、溜め込んだ薬を一気に呑んでいました。
私には、理由の解らない自殺未遂でした。

また、精神病院に戻ってしまう。


何度、母が、自殺未遂を繰り返したか
もう、覚えていません。


病院で機嫌良く暮らしていると安心していたら
ある日、母は、病院から脱走して
首を包丁で突き刺しました。


実家の畳の上には、ビニールシートをひいて
翌日のお葬式に困らない様に配慮しての行動。


母が、首を突いた直後に
兄が帰宅。

血を噴き出しながら
母は、兄に

「お兄ちゃん、お腹は、空いていない?」

って聞いたそうです。


後、数分、後、数ミリ、違っていれば
母は、死んでました。

家中、血だらけだったそうです。

でも、私は、その現場を見ていません。
あまりの惨状に、呼ぶ事が出来なかったと兄が行っていました。


精神状態が悪かった母を何故、ほっておいたのか?


事情を知らない救急病院の先生に姉は、叱られました。
姉は、声が出なくなりました。


24時間、家族が真横にいて監視をする事。
救急治療を母が受ける為に、病院が出した条件。


きょうだい、交代で、ベッドサイドに居ました。



母の治療は、激痛を伴いました。
治療中、母は、涙を流し、出ない声で

「痛い。辞めて、、、痛い。」

と私に言いました。
母は、涙をポロポロ流していました。

一生懸命、押さえつけて治療をする看護婦さんから
逃げようとしていました。


私は、心から願いました。


「先生、治療を辞めて下さい。
 死なせてやって下さい。

 お母さんは、元気になっても
 また、閉じ込められてしまう。

 もう、死なせてやって下さい。」


でも、言葉にして、先生に伝える事も、看護婦さんに
伝える事も出来なかった。


誰にも言えなかった。


「お母さんに、触るな、、、、
 これ以上、何も、するな!!
 死なせてやって、、

 先生、
 お母さんを殺して下さい。

 もう、楽にしてやって下さい。」

心の中で、何度も、何度も叫んでいました。



救急病院の時間は、母の側に居られた貴重な時間でも在りました。

痛みの中で、母は、
私の知っている元気な頃の母でした。


「堪忍してな。
こんなつもりじゃなかった。

ほんまに、死ぬつもりやってん。
あんたらは、大きなった。

もう、こんなお母さん、おらんほうが
あんたらの為や。

結婚かて、こんなお母さんがおったら
できひんやろ。

迷惑かけるつもりと違ったんや。
ほんまに、ごめんな。
堪忍やで」


謝る母を前に、私は、泣く事しか出来ませんでした。

命は、尊い。

そんな事、全く思えなかった。

母が生きてる事の何処が、尊いのか?

痛みと苦しみと孤独が、死ぬまで続くんじゃ無いのか?



そして、母は、

「お腹が減った」

と言いました。



命って怖い。
死のうとしても、お腹は空くんだ。


母の生命力が怖くて悲しかったです。



喉を突き刺した母は、2週間は、絶食しなければなりませんでした。
水も飲めません。


「お腹が減った。」


死に損なって、尚、空腹を訴える母を前に
何も出来ない私は、


「お前なんて、死んでしまえ。。。」


そう思って泣きました。


回復した母は、精神病院に戻って行きました。




kiyoharu6

素敵な山田喜代春さんの版画

*******************************



もう、10年以上前の事です。

子供の迷惑になりたくない。
子供の重荷になりたくない。

お母さんの気持ちなんて、考えた事無かった。

親孝行なんて、せずに、
お母さんに、あれこれ、お願いをしてたら良かったのかもしれません。


愛は、こんがらがる。


私は、何年も、何十年も、考え続けています。


何故、人は病むのか?

幸せとは何か?

愛とは何か?

生きるとは何か?

自由とは何か?


今日も、読んで下さって有り難うございます。



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