罪悪感

罪悪感が、今日の私のテーマでした。

 

ふっと、気が付いたら、涙が溢れていました。

 

それは、母に対する罪悪感。

 

漠然とした感情を感じ続けていると

 

私が、これから更に、歩んでいこうとしている仏道修行についての

 

罪悪感でした。

 

お母さん

 

母は、統合失調症で、もう、30数年、今も、入院しています。

 

祈りながら、狂っていった母を私は、じっと見ていました。

 

眠らず、食事も摂らず、言葉も話さず

 

最後は、一日中、拝んでました。

 

私は、見てました。

 

母のその姿を見てました。

 

一日中、お題目を唱え続けた母。

 

ロウソクの灯り

 

暗がりに潜んでいる何かとも目が合っていました。

 

そして、母が、キチガイになっていく様子を見てるしか無かった。

 

その時、母が話してたこと、

 

頭がおかしくなった人の「戯言」だとしか

 

思えなかったことが、いかに、真実であったかを、

 

スピリチュアルな業界に入ってから、

 

身をもって、体験しています。

 

一人で、冬に、お風呂場で、水を浴びていた母。

 

眠らず、一晩中、一日中、

 

お経を唱え続けていた母。

 

もしも、母が、今の私のように学べる環境があったら、、、

 

修行の道が開かれていたら、、、

 

私は、母に、今の私の幸せな環境を

 

あの頃の母に届けたい

 

そう思っていました。

 

そして、

 

母に、思う存分、修行をさせてあげたい。

 

母が受け取っていない

 

有難い今私に与えられている学びの環境を、

 

私が受け取ることが、申し訳ない。

 

本当に、混乱した様な気持ちが押し寄せてきました。

 

阿弥陀様の前で、気が付いたら

 

号泣していました。

 

なんども、なんども、泣いて、泣いて

 

諦めたこと。

 

母の歩んだ日々

 

苦しいことばかりではなかったはずだし

 

母の人生には、暗い影があるけれど、

 

それは、光が差しているから

 

ある意味、誰よりも、神仏と共に在る。

 

と解っていても、

 

子供の私が泣いてしまう。

 

サンダルフォン

 

お母さん、もしも、今の私の恵まれた環境が

 

あなたに、開かれていたとしたら

 

お母さんは、今も、狂わずに、笑って暮らしていたのではないの。

 

どうして、

 

どうして、

 

どうして、

 

母

 

今の私は、目の前に沢山の選択肢が在るし

 

とても、恵まれた環境にいる。

 

でも、それを受け取るのを躊躇している。

 

「まず、お母さんに受け取ってほしい」

 

「お母さんから、私に渡して欲しい。」

 

母

 

でも、本当は、今の私の道は、

 

お母さんが、私にくれたものだと解ってる。

 

お母さんが、狂わなかったら

 

お母さんが、あんなに苦しま無かったら

 

私のヒーラーとしての道も

 

心理療法の道も

 

お坊さんの道も

 

無かった。

 

お母さん、私は、歩きます。

 

自分の道を歩きます。

 

その道は、とても有難く、私は幸せです。

 

ただ、幸せすぎて、

 

お母さんに申し訳ない様な気持ちになりました。

 

今日、仏壇に向かって

 

「お母さんを守って下さって、有難うございます」

 

と手を合わせました。

 

有難くて涙がでました。

 

お母さんと一緒に、仏さんがおられるのが解る。

 

相変わらず、ややこしいのも、一緒に居るのも、、、

 

ここから先は、私の道です。

 

私は、子供の頃の様に、もう一度、一心に祈れる様になりたい。

 

そこまで、歩いて行って

 

そこから先は、私も、家族の幸せと世界平和を祈ります。

 

あれほど、バカにしてた

 

お母さんのあほみたいな

 

「子供が幸せになりますように」

 

「世界が平和になりますように」

 

あの祈りの言葉が、どれほど、私を守ってくれていたか

 

思い知る事ばかりです。

 

私は、目の前にある幸せな環境をもっと、積極的に受け取ります。

 

修行が出来る事

 

教えてくださる先輩や先生

 

共に歩む仲間が居てくれること

 

その全てを私は、お母さんに、届けたかったな。

 

諦めても、諦めても

 

胸によぎる想いは、多分、消えない。

 

でも、それは、仕方が無い。

 

あの光の無い、真っ暗で悲しい光景が私の胸にあるから

 

歩める道もあるし、

 

その道は、不思議なほどに、光に満ちています。

 

お母さん

 

お経の有り難さや

 

神様や、仏様が、本当におられる事が

 

私にも、解る様になりました。

 

そして、お母さんが、祈ってた事を

 

ちゃんと、聞いてくださって、私は、護られて育ったし

 

今もやっぱり、護られているし、

 

これからも、ずっと護られて、導かれて暮らしていくんだと

 

解るよ。

 

「育ててもらって無い」

 

とか、言ってごめんね。

 

お母さんは、大分、普通の人と違う方法やったけど

 

私を今も、過保護に育ててくれてます。

 

栄心

 

今日も読んでくださって有難うございました。

 

私は、罪悪感を手放します。

 

そして、両手いっぱいに、神仏の有り難さや、豊かさを受け取って

 

あなたに手渡します。

 

受け取ら無いと、渡せ無いものね。

 

でも、本当に、不思議な事。

 

自分の想像を超えた所に、あるもの。

 

学ぶ事の意味は、そこにあるのだろう。

 

と思う。

 

一人ではたどり着け無いところに行ける。

 

 

 

 

 

 

 


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