私は、お坊さんになります。

明日は、満月ですね。

 

 4月の新月、

 

4月26日に私は、浄土宗で得度を受けてお坊さんになります。

お師匠様は、私のセラピーの先生である、畦先生がなってくださいます。

 

何年も、何年も、迷いに迷い、やっとたどり着くことが出来た。

 

私は、今、4月26日まで、絶対、生きていたい。

私の全てが、前を向いているのを感じています。

 

蓮

 

私の母は、熱心な仏教の信者だったので

お腹に居た時から、母の読経の声を聞いていました。

 

朝晩、お経を読むのが当たり前の家で育ち

私は、目に見えない友達が沢山いてくれて、

神様も、仏様も、当たり前に、暮らしの中見えてた。

 

母が、壊れていく。

 

発狂していく母を見ながら

幼い私は、必死で、祈りました。

 

「お母さんの病気を治して下さい。」

 

疑うことなく、祈れば叶うと信じてました。

 

キチガイのお母さんと優しいお母さん、

 

母は、あっちの世界とこっちの世界を行ったり来たり

しながら、必死で、育ててくれました。

 

 

母

 

度重なる母の自殺未遂が始まる。

 

振り返ったら、お母さんが、カミソリで首を切ってる。

 

だから、絶対に振り返らない。

 

振り返ったら、お母さんが、包丁で喉ついてる。

 

だから、絶対に、振り返らない。

 

このまま、まっすぐに、家を出るんだ。

あんな奴、死んでしまえ。

 

私は、何も見て無い。

見え無い。

 

もう、見たく無い。

 

お母さん、もう、嫌だ。

やめて、、、

 

もう、何といったら、良いのかわからない。

 

生きててほしいのか、死んでほしいのか

私にもわからない。

 

生き地獄

 

なんども、なんども繰り返される自殺未遂。

 

それでも母は、拝んでました。

 

南無妙法蓮華経

 

子供が元気に育ちますように

 

南無妙法蓮華経

 

子供が、幸せになりますように

 

朝も、昼も、夜も拝んでる。

 

私、お母さんを救って欲しくて

必死で拝みました。

 

お母さんが元気になりますように、、、

 

拝んで、拝んで、拝んでも

お母さんは、元気にならんかった

 

お母さん

ある日、家に帰ると

 

母は、あれほど、拝んだ御本尊を真っ二つに切ってました。

 

手首と首を切った同じ、包丁とカミソリで切ってた。

 

血の臭いと、

冗談みたいに、

切り裂かれたお母さんの血がついた御本尊様と

倒れてるお母さんと、、、

 

あの時、私の心は、凍りつきました。

 

「死んでいくのに、

 

 死んでいくのに、

 

なんでなんや

 

 お母さんは、仏さんまで、捨てていくんか。」

 

「お母さん、生きてても地獄なのに、

死んでも、地獄にいくの・・・」

 

神様も、仏様も居ない。

 

何処にも居ない。

 

何も無い。

 

私の家には、いない。

 

「魔」しかおらん。

 

なんで、

 

なんで、

 

なんで、

 

こんなに、こんなに、拝んできたのに、

 

こんなに、こんなに、大事にしてんのに、

 

私が居るのに、

 

私が、、私が、いるのに、、、

 

なんで、

 

なんでなんや!!

 

お前なんか、死んでしまえ!!

 

お前なんか、殺してやる!!

 

ほっといたら、死ぬんか?

 

そんなに死にたかったら、殺してやる。

 

殺してやる。

 

もう、殺してやりたい。。。。

 

死なしてやったほうが、ええんか、、、

 

どうしたらええんや、、、

 

どうしたら、、、、

 

母

 

 

あらゆる葛藤が降ってきた瞬間でした。

 

この傷は、多分、癒えることが無い

かけがえの無い私の傷かもしれん。

 

私は、母を助けたくて、助けて欲しくて

そのために、必死に、自分を捧げてきました。

 

お金を沢山、お母さんにあげようとしたり

 

カウンセラーになって、お母さんを元気にしたかったり

 

ヒーラーになろうとしたり、

 

でも、学べば学ぶほど、母には、母の人生があり

私には、どうしようも無い。

 

母には、母の人生が在る。

 

かけがえの無い苦しみも、葛藤も、幸せも在る。

 

それを私が、どうのこうのいう事自体が

おこがましい。

 

かけがえの無い母の人生

 

母の人生をただ、ただ、受け取れる様になってきました。

 

鞍馬

 

 アメリカのシャスタに、岡本先生に連れて行って貰いました。

 

一昨年の秋、立派なヒーラーになって、

お母さんを癒せるぐらいパワフルなヒーラーになると意気込みました。

 

天使1

 

シャスタの聖地、パンサーメドゥーでの瞑想。

 

深い深い瞑想の中、聞こえて来たのは

母のお経でした。

 

南無妙法蓮華経

さかえが元気に育ちますように

 

南無妙法蓮華経

友達が出来ますように

 

南無妙法蓮華経

 

南無妙法蓮華経

 

南無妙法蓮華経

 

母の祈りが、私の体を包み込み

どんな時も、護ってくれてた事が、

理屈ではなく、魂で、私には解った。

 

そして、私のお経を読む声も

 

不動真言も、

 

畦先生や先輩、仲間と唱えた真言、お経、祝詞。

 

あらゆる声が聞こえてきた。

 

有難くて、有難くて、、

私は、「有難い」という言葉を知ることができました。

 

 

嗚呼、

私は、ここまで

護られて、導かれて歩いてきた。

 

母の祈りは通じていたし

私の祈りも通じていたんだ。

 

それは、私の思った癒しでは無かったけれど

こうして、生きて、ここに居られるのは、

お母さんが、ずーっと、病院でも祈ってくれてたからなんだ。

 

 

お母さんが、自殺未遂をして

御本尊を真っ二つに切った時、

私の中から、神仏が消えた。

 

お母さんが救って欲しいんじゃなくて

私が、私が、求めてたんだ。

 

私なんだ。

 

シャスタ、アメリカの聖地で

私は、沢山の天使たちと精霊と、そして、日本の神仏に出逢った。

 

シャスタ

 

有難い事に、私は、お経を教えて貰うと

感動して、感動して

有難くて、有難くて涙が止まらないんです。

 

お寺や、神社にお参りに行かせて頂いても

本当に、幸せな感覚が押し寄せるのです。

 

中国の御山に、登拝した時。

私は、前世から、神様の側にいたんだと解った。

そして、もう一度、戻りたい。と思った。

 

桜

 

素直な気持ちで、神仏に向かい合える様になれたのは

畦先生と不動講の先輩のお陰です。

 

みなさん、爽やかなんですね。

 

明るくて、穏やかで、爽やかで、軽やかで

 

そして、そこには、お不動さんの光が降りてた。

 

感動して、感動して、

ご仏縁が頂きたいと思いました。

 

 

 

でも、言葉にするのに、何年もかかり、、、

 

お願いしてからも、機会を待って

 

ようやく、この春に得度を受ける事になりました。

 

実は、得度が決まって、嬉しくて、嬉しくて、

心が飛び跳ねました。

 

でも、同時に、

 

こんな私が?!

 

と不安になったり、、、

 

忙しい日々です。

 

得度を受けてから、始まります。

 

ちょっとづつ、勉強します。

 

お経を心から唱えられる様に

毎日、お経を読みます。

 

 

最後に、

お嫁が突然、お坊さんになる。

そんな出来事を、笑って見守ってくれて有難う。

 

私のやりたい事をいつも、応援してくれる夫よ。

 

本当に有難う。

 

こんなに長い文章を読んでくださったあなたも有難う。

 

私は、祈りながら暮らしていきます。

子供の頃の様に、まっすぐな気持ちで祈れる様になりたい。

 

本当に私は、自分の全部で祈れるようになりたいのです。

 

それは、ヒーリングと全く同じなのです。

私にとっては、全く同じ行為なのです。

 

あなたが、幸せでありますように、、、

 

読んでくださって有難うございました。

 


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  • 2017/04/15 12:17 PM
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