殺意

「お前なんか、産むんじゃなかった。
 産みたくなんて、無かった。
 お金の為に、産んだんだ。」


たった一度、狂った母が、叫んだ言葉は
私の心の奥深くに突き刺さり、
その後、何十年も私を苦しめました。


「だったら、お前を殺して死んでやる。」


母を一途に愛してた私は、
心が凍り付き、
愛は、憎しみに変わりました。


私は、毎日、毎日、どうやって母を殺すのか
考える高校生になりました。


母は、おかしくなった時に自分が言った事、
やった事を覚えては、居なかったかもしれません。

そして、子供だった私には、病気の母を許す心の余裕なんて
微塵も在りませんでした。


「あの娘に嫌われている。
 私なんて、居ない方が良いんだ。」


母は、自殺未遂を繰り返す様になりました。


私のすぐ、後ろで、、、手首を切る、首を絞める。
私の心を試す為に、、、それは、何度も、何度も繰り返されました。


家に居るのが辛く、苦しい時には、道ばたで眠りました。


朝、犬の散歩のおばさんに見つかると
「ごめんなさい」
って走って逃げてました。

一番安全な寝場所は、夜の高校。


ある日、母は、深く手首を切った。


ぐったりした母を前に、
私は、見殺しにするかどうかを悩みました。

一瞬の間に、様々な考えと可能性が、頭をよぎりました。


誰にもばれない。
誰も、私を責めはしない。
母を殺せば、この苦しい日々が終わる。


私は、母を病院に連れて行く事にしました。

母に「負けた」と思いました。

あの時、流した涙は、母を殺せなかった自分に対しての涙でした。


母を殺してしまいたかった。



明らかに、キチガイにしか見えない母。

酔っぱらって喧嘩をしてくる母。

訳の分からない買い物をしてくる母。

私に向かって、自殺未遂を繰り返す母。

世界の平和と子供の幸せを願う母。



全部、嫌でした。
大嫌いでした。

憎しみしか無かった。


「死に損ない」


私は、母の事を「お母さん」と呼べなくなっていました。


kiyoharu6

素敵な山田喜代春さんの版画

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親の事が許せない。
親が嫌い。
精神病の家族が嫌。

そんな想いを抱えて暮らすあなたへ

今の私だけを見て、

「私は、あんな風に受け入れられない。」
「精神病の親を大事に出来ない私は、駄目なんだ」

そんな風に思わないで下さい。

色々考えたのですが、私が感じてきた事を
書くことにしました。

あまりに長い、30年の道のりなので、数回に分けて書きます。
お時間あれば、読んで下さい。

私は、特に良い人間でも、強い人間でも無いです。




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