無事に誕生日を迎えることが出来ました。

 

母に最後に、伝えたことは

「お母さんの子供に産まれてきて良かったです。

産んでくれて有り難う。」

 

まさか、あのまま旅立つとは、思っていなかったけれど

伝えて置いて良かったです。

 

私は、ずーっと、お母さんが、心を病んだのは、「自分を生んだせいだ」と信じてました。

 

だから、誕生日がそんなに、好きじゃ無かったです。

 

プロになって、FBやら、ブログがあり、皆がお祝いしてくださる様になって

 

「お誕生日おめでとう。」

という言葉が、受け取れなくて、数年前は、寝込んだりもしました。

 

自分が産まれた事を、私は喜べなかった。

意味が解らなかった。

 

母が病気になった原因なのに、

どうしておめでたいのか?

皆のテンションと自分のテンションがあまりに違って孤独でした。

 

でも、心理学の学びを深め、仏道を歩むうちに、

命があることの不思議と有り難さを感じる様になりました。

 

私を産んだことは、母にとって、喜びだったんだ。

産まれてきた事は、間違いなんかじゃない。

 

そして、母が、言っていた事の本当の意味を感じることが出来ました。

 

祈りに祈って産んだ子なんや。

あかん子やったら、降りますように、、、

何度もそう祈ったけど、栄は育った。

 

難産で、大変やった。

クランケがしっかりしてなかったら、無事に産まれて来なかった。

とお医者さんが言ってはったんよ。

 

⇧(このお母さんが、素朴で大好きです。)

 

思春期の頃は、この言葉が全て、押し付けがましく、鬱陶しかったのですが

今は、感謝しかありません。

 

私生児を産む覚悟をしてくれたお母さん。

苦労するってわかってても、産んでくれたお母さん。

出来る限りの事をいつもしてくれた。

入院してからは、私の幸せを毎日、祈ってくれた。

 

45年前、お母さんが、頑張って、私をこの世に送り出してくれたんだ。

 

お誕生日は、お母さんに、「産んでくれて有り難う」を伝える日。

誕生日がいかに大事な日か、よくわかりました。

 

 

おかしな話と思われるかもしれませんが、母が亡くなって

私は、死ぬ事が、あんまり怖くなくなりました。

 

この道の最後には、お母さんが待っていてくれる。

そう思うと何も怖く無い。むしろ、楽しみです。

 

いつ死ぬかは、誰にもわからないから、毎日、丁寧に暮らそう。

突然、お母さんのところに行くことになっても、胸が張れる生き方をしよう。

と決めました。

 

 

お母さん、産まれてきて良かった。

お母さんの子供で良かった。

 

寂しいことも、辛いこともあったけど、

「生きるとは何か」

「正常とは何か」

「異常とは何か」

「幸せとか何か」

あらゆる事を深く考える事が出来ました。

 

お前なんか、ぶっ殺してやる!!

と憎んだ日もありました。

 

死なないで。

と泣いた日も

 

早く死んでほしい。

と願った日も

全部、本気でした。

 

あらゆる感情を私に抱かせてくれたお母さん。

本当に有り難う。

 

そして、深い信仰に生きたお母さん。

お母さんが、祈ってくれた様に、育つ事が出来ました。

 

本当に有り難う。

 

お母さんが、亡くなって寂しいけれど、

お彼岸もあるし、お盆もあるし、結構、帰ってきてくれる事がわかって

とても、嬉しく思っています。

 

色んな事がありますが、私は、元気に前を向いて暮らしています。

だから、安心してください。

 

 

今日も読んでくださって、有り難うございます。