お風呂上がりに嬉しそうな顔してます・・・

 

のほほんと、苦労してなさそうな顔してるらしい・・・

 

でもね、子供の頃はね、

 

あそこの家族と関わっちゃいけません。

 

って言われてましたよ。

 

あれから、20年以上過ぎて

 

なんとなく、近所付き合い出来るようになりました。

 

でもね、、、、

 

私のパパは、ロールスロイスに運転手付けて

 

アホみたいに派手に登場してたし

 

お母さんは、宗教にどハマりして、

 

大きな声で、お経を唱えてたり、

 

統合失調症ですからね。

 

独り言も激しかったし

 

入院する前は、本当に、病気の人だからね。

 

そりゃ、近所の人も付き合いたくないよね。

 

私でも、近所にそういう人が居たら、避けるな。

 

それが、普通の対応です。

 

 

切ない想いも沢山しました。

 

病気のお母さんは、私から見ても

 

「廃人」

 

「病人」

 

「きちがいさん」

 

恥ずかしかったです。

 

大学生になって、

 

家族社会学という学問に出逢い

 

恩師 大沢先生に出逢い

 

大沢先生を通じて、母がいかに生きて、いかに狂ったか

 

何年もかけて、学びました。

 

そして、30代、

 

自分が心と体を病んで

 

本当に、母が、どんな風に病んでいったか

 

私は、自分が「病」を得たことで

 

想像出来る様になりました。

 

 

母が選んだ人生

 

私を産む決断をしてくれたこと

 

38歳 父親の違う私生児の私を産む決意を

 

お母さんはしてくれた。

 

38歳の時、私は、「出来ない」と思った。

 

そんな勇気無かった。

 

そして、今も、母の人生を想像した時に

 

無我夢中で愛して、育ててくれたことに

 

感謝しかありません。

 

 

私のお母さん。

 

30年以上を病院で過ごし

 

特に、華々しい経歴も無いです。

 

どちらかといえば、

 

人から後ろ指を指されることの方が多かったかもしれません。

 

まだ、離婚が珍しかった時に

 

片親で、子育てに取り組んでくれました。

 

元気な時は、働きに働いて・・・

 

私にとって、心の勉強をして一番良かった事

 

それは、自分の母親の「一生懸命さ」を受け取れた事。

 

何かを成し遂げる事も素晴らしい人生だけど

 

ひたむきに、逆境の中をもがいて

 

そして、病を得て、葛藤の中に暮らしてきた

 

母の姿を、感じる事が出来る様になった事。

 

母の想いを想像する感受性が、自分の中に育った事。

 

それが一番、良かったと思っています。

 

 

元気いっぱいの子供たちを愛してくれた。

 

人から、どの様に言われても

 

私の中に揺るぎない自信と誇りがある。

 

お母さんの娘で良かったと言える。

 

人の評判は、それは、それ。

 

自分がどう思うかが、一番大事だと思います。

 

私の母を人がどう思うか?

 

それは、その人の勝手です。

 

でも、私が理解していればそれで良い。

 

本当にそれだけです。

 

今日のセッションで、

 

人からどう思われるか?

 

という事について、話されてました。

 

結構、私は、人気の無い子供時代を生きてきました。

 

でも、だからこそ、思います。

 

どうでも良い。

 

人の評判なんて、、、どうでも良い。

 

自分が、大事に思っている人、信頼してる人

 

お付き合いしたい人、友達。

 

本当に、関わって暮らしていく人たちと

 

調和が取れていたら、それで良いと思っています。

 

 

変わった仕事もさせて貰ってるし

 

尚更、そう思います。

 

人のいう事は、コロコロ変わるし

 

あれこれ、いう人は、何も考えて無いし

 

本当に気にするだけ、時間の無駄ですよ。

 

それよりも、もっと、人生何して楽しむか?

 

一緒に考えましょう!!

 

面白い事をしましょう!!

 

遊びましょう!!

 

今日も、読んでくださって有難うございました。

 

感謝でございます。