栄心です。

 私は、よく泣きます。
母のお見舞いに行った帰りは、たいてい、号泣しています。

今でも、精神病院から、母を連れて帰りたいんです。

私の幼い頃からの私の切なる願い。
それは、母の病気が治る事。

 母の病気を治したい、元気な母に会いたい。

何度、諦めても、何を理解しても、私にとっては、かけがえの無いお母さんなんです。

心理学を学び、ヒーリングを学び、自分と向かい逢う事を続けています。

私にとって、自分と向かい合うと言う事は
そのまま、母と向かい合う事でもありました。

幼い頃は、ただひたすらに母が恋しかった。

思春期の頃には、母が恥ずかしかった。
そして、憎み、恨んだ事も在りました。

心病む母は、荒れ狂った時代が在ります。

お前なんか産むんじゃなかった。。

たった一度だけ、母が口を滑らせてしまった一言は、私の心に突き刺さりました。
そして、抜けない刺の様に、長年私を苦しめました。

その後、20年が過ぎて、私も大人になり、生きる事につまづきました。

どうしようもなく、心も身体もボロボロになり、その日々の中で
母の事を想った時に、ようやく理解出来た事が沢山在ります。

何もかもうまくいかなかった苦しんだ日々のお陰で
私は、母の苦労をほんの少し、理解できた気がします。
悲しみや、苦しみが、何か役に立つ事が在るとすれば、
それは、きっと、大切な人を理解する事に繋がるのかもしれません。

最近、
この悲しみは、きっと癒えないんだろうな。
とやっと思えました。
自分が、努力して学べば、強くなれば、
この悲しみを何とか出来る。。。

そんなおこがましい事を考えていた様です。
どうしようもない事が在る。
この悲しみもまた、抱えて暮らして行くしかない。

それで良いんだ。

と思える様になりました。
そして、あまりにも悲しい時には、心から祈れる様になりました。

どうか、母が安らかで在ります様に。
どうか、母の身体と心が穏やかであります様に。

そう私が祈ると、どうした訳か、母の声が聞こえるのです。

心配かけて堪忍な。
うちは、どうもないし、
泣いてんと、はよ寝なさい。

確かに、、、その通りだな。私が泣いてても、お母さん喜ばへん。

そう思うと、いつの間にか、眠ってしまうのです。

この1年で、一番のギフトは、心から祈れる様になった事です。
(変な宗教とか入ってないですから、ご安心下さい。)

何か、大きな存在に対して
本当に素直な気持ちで、心から祈れるのです。
それは、私に、深い深い感謝が湧いて来る時間です。
産まれてこれた。
生きてこれた。
出逢ってきた全ての方に、感謝しています。

皆様が、平和で在ります様に。